わたしはおかしいのか?
「楽しい」とは、いまや日々を覆う言葉だけではなく、人生の意味そのものになっているのだ。
かくして「楽しい」は、「楽しめ」になり、だれもが「楽しむ」や「楽しみたい」になびくのである。いま「楽しい」という言葉ほど、日々耳にする言葉はない。
ところが、わたしは世間で「楽しい」といわれていることのほとんどが、「楽しくない」人間である。
子どもの頃からそうだったような気がする。つくづく損な性格だと思う。
※本稿は、『老後がめんどくさい』(草思社)の一部を再編集したものです。
『老後がめんどくさい』(著:勢古浩爾/草思社)
「老後は楽しめ」「前向きに生きろ」「健康に気をつけろ」「趣味を持て」――等々、現代の老後には、“やるべきこと”があまりに多い。
本書は、そうした社会の空気に対して、著者が「めんどくさい」と率直に感じる感覚を出発点に、老い・幸福・お金・運・社会の同調圧力について思考していく老後論&人生論である。




