わたしはおかしいのか?

「楽しい」とは、いまや日々を覆う言葉だけではなく、人生の意味そのものになっているのだ。

かくして「楽しい」は、「楽しめ」になり、だれもが「楽しむ」や「楽しみたい」になびくのである。いま「楽しい」という言葉ほど、日々耳にする言葉はない。

(写真提供:Photo AC)

ところが、わたしは世間で「楽しい」といわれていることのほとんどが、「楽しくない」人間である。

子どもの頃からそうだったような気がする。つくづく損な性格だと思う。

※本稿は、『老後がめんどくさい』(草思社)の一部を再編集したものです。

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