「老後は楽しめ」「前向きに生きろ」「健康に気をつけろ」……。年を取ると、老後の生き方についてあれこれ言われることも多くなります。78歳の評論家・勢古浩爾さんは、そうした強制社会に違和感を覚えるといい、自身の老後についても「日々、風に吹かれるすすきのように、穏やかに過ごせればいい」と語ります。今回は、勢古さんの著書『老後がめんどくさい』から抜粋し、勢古さんの老後論・人生論をご紹介します。
「老後」はどうすればいいのか
ついこの間まで(といっても、10年以上前になるが)、「定年後」はどう生きればいいかとか、「古希」になったがなにか変化はあるのか、などと書いていた。
それがいまではもう、「老後」はどうすればいいのか、である。
老後か?
たしかに80歳近くになったのだから、老後といえば老後だが、とくに考えたことはなかったなあ。
そういえば「定年後」でも「古希」でもおなじだった。
ところが人というものはおかしなもので、「老後はどうするの?」とか、「どう生きればいいのかね?」などと訊かれたりすると、それまで考えもしなかったくせに、「どうするかなあ」と考え始めたりするのだ。
よくテレビで、やっている。
「さあここで問題です。祈りと願いはどうちがうでしょう?」といわれると、なんの関係もないのに、「えっとねえ」と考え始めるのとおなじである。
人間は、問題に答えようとする動物なのだ。
わたしの解答は、「XXだろ?」ではなく、「やかましいわ」である。
しかしそれではミもフタもない。
考えてみれば、「老後」に問題がないわけではない。
それでも世間のご老人たちは、みんな、自由勝手に生きているではないか。
わたしなんかの出る幕ではない。
ところが、そう思いつつ、わたしは3年前には、生意気にも『無敵の老後』なんて本を書いているのである。
けっこう適当なやつで、申し訳ない。
しかし3年もあれば、心境の変化ということがある。
いま元気でも、1年後には死んでいることだって、ありうるのである。