89歳で亡くなった父
89歳で亡くなったわたしの父は、母が先に亡くなってから、気力も体力も弱まる一方だった。
戦後、復員してから保険会社に就職し、定年まで勤めあげた。
定年後も80歳まで保険代理店をした。80になると、もうこれだけ働けばいいだろうと、引退した。
母を亡くした晩年は、毎日、1合の酒を自分で燗につけ、「これだけが楽しみじゃ」といっていた。
ふつうの男だった。仕事はしたし、できた。
だが引退してからは、目にみえて衰えた。
わたしと弟は、テレビに出てくる元気な老人がいると、暗に父親が見るよう、やんわりと仕向けた。励ましになるかと思ったのだ。
たとえば三浦雄一郎の90歳を超えた父親が、鉄の錘(おもり)を入れたリュックを背負い、足首に鉄板を巻いて、家の周りを何周も歩く姿を見せた。
が、父は、「ほお、すごいねえ」とはいうが、すぐ「おれにはできんな」で終わった。
わたしはいま、自分が実際に年をとってから、父の気持ちがよくわかる。
やたら元気な老人を見ても、なんとも思わないのだ。よし、おれも頑張ろう、などとはまず思わない。
父に悪いことをした。
タバコを取り上げたりすることはなかったのだ。