「はじめて知りました。こういった薬用酒というのは全国で造られているのですか?」
「大手メーカーのものもありますし、たとえば広島の鞆(とも)の浦では保命酒というものを造っている醸造元が四軒ありますよ」
「寺内町ではこちらだけですか?」
「ええ。地ビールを造っているところがありますが、薬用酒はうちだけです。白鳥酒造は蓬命酒一本でやっています。古い製法で日持ちがしないので、先代は目の届く範囲にしか卸しませんでした。箱入り娘だ、と」
 箱入り娘。そう大学時代の友人に揶揄(やゆ)されたことがある。唯々諾々と家族の介護をする私は独立心のない、覇気のない、旧弊な女なのだ、と。家族なんて捨てればいい。自分で自分の道を切り開けない愚かな女だ、と。
「今では寺内町を訪れた観光客の方々がお土産に買い求めてくれることが多いですね。近隣の道の駅にも置かせてもらっています」
 さあどうぞ、と男がグラスを私の前に置いた。
 男の指を見た。少々かさついてはいたが、すんなりと長くて形がいい。家事と介護で荒れてシミ、皺だらけの自分の手が恥ずかしくなる。一息で酒を飲み干し、慌ててグラスを置いて手をカウンターの下に隠した。
 いきなり喉と胸のあたりに火照りが来た。甘い。日本酒ではなく味醂を飲んでいるような気がする。そして、複雑な香りが喉から鼻に抜けた。これはシナモン? 柑橘? 蓬?
「どうですか? 薬用酒だから味にすこし癖があるでしょう。好みが分かれるようで」
「いえ、美味しいです。とても不思議な感じがして」
 男がわずかに前方に身体を傾けた。すこし青臭い蓬の匂いがふわりと降りてきた。
「静かな町だったんですが、最近は若い方むけのおしゃれな店も増えました」
 男の話し方はゆっくりだ。私は気づいた。男は右耳に補聴器をしている。ああ、そうか。先ほど、身体を傾けたのは私の声を聞き取るためだ。
 私は名刺を取り出し、男に渡した。男は眼を細めて名刺を見ていたが、やがて面白そうな表情をした。