麻子が引きこもって今年で三年目になる。
 大学を出て念願の教員になったのだが、パワハラ、セクハラ、膨大な仕事量、横暴な保護者に擂り潰された。
 学年主任は疲弊しきった麻子にこう言ったという。
 ――君はなんで自分が保護者から舐められるか考えたことがあるか? 若いからか? 経験不足やからか? それもあるけどな、ほんまの理由は君が女やからや。女はキツいこと言われたらすぐ辞める。結婚いう逃げ口があるからな。男みたいに責任感も覚悟もない。甘えた仕事して気楽なもんや。そこを保護者に見透かされてるんや。
 鬱(うつ)になって退職し、以来、ずっと家にいる。再就職の努力もしたが、働かねば、と考えただけで過呼吸を起こして倒れてしまった。
 生きていてくれるだけマシ。私はそう自分に言い聞かせた。麻子は生まれたときに病気が見つかって、入退院を繰り返していた。今でもあまり丈夫とは言えないのに、ずっと私を手伝ってくれていた。
 しばらく抱きしめていると、ようやく麻子が落ち着いてきた。
「……大丈夫。お母さん、私、大丈夫だから」
 麻子が震える声を絞った。涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げる。私は娘の髪をそっと撫でた。
「無理しなくていいの。でも、今日はお祖父ちゃんの機嫌が悪いから、下に降りてくるのはやめたほうがいいみたい。晩ご飯も届けるから」
「うん」
 父はまだ階下で怒鳴っている。私は麻子から離れて立ち上がった。
「じゃあ、お母さん、お祖父ちゃんの様子を見てくるから」
 すると、麻子が私を見上げた。
「お母さん」
「なに?」
「ごめんね。本当にごめんなさい」
「麻子、謝らないでいいの。悪いのはお母さんだから」
 一瞬、麻子の顔が歪んでまた泣き出しそうになった。
 本当にいい子だったのに。学校で壊されてしまった娘を思うと悔しくてたまらない。夫を喪い、シングルマザーとして働く私を支え、文句一つ言わずに家事をやってくれた。仕事と介護の両立で疲弊した私を気遣い、受験勉強の傍ら、夜中の介護を交代してくれたこともある。それでいていつも成績はトップクラスだった。
 本当にいい子だったのに――。
 学校ではパワハラを受け、家では祖父の介護で罵られる。麻子が心を病んでも当然だ。でも、それは私のせいでもある。ずっと娘に甘え続けたツケが来たのだ。