*
はじめて蔵を訪れた日、私は白鳥霧に一目惚れをしたのだ。あの日に戻れるとしたら私は再び霧を愛するだろうか。大切な人たちを喪い、みなに後ろ指を指され、生きたまま地獄に落とされたような日々を送ることがわかっていても、私は霧を愛するだろうか。
答えは簡単。愛するに決まっている。それでも私は霧を愛するだろう。
窓の外に夕闇が迫ってきた。
洗濯物を取り入れ、畳んだ。寝室の箪笥にしまって立ち上がると、鴨居に吊した霧の印半纏が眼に入った。
かつて、私たちは新居で同じことをした。霧は鴨居に半纏を掛けるとこう言ったのだ。
――なんだかおかしな気分だ。君と住む家にこれが掛かってるなんて。
――そう? 私はしみじみと嬉しいけど。
霧はすこし驚いたように眼を見開き、それからそっと笑った。
――そうだな。俺も嬉しい。
私は長い間鴨居の前に座り込んで半纏を見つめていた。
いつまでも逃げてばかりではいけない。霧と向き合わなければ。パソコンを確かめなければ。たとえそれが辛いことでも、空っぽだったとしても。
霧のパソコンにアダプターを繋ぎ、立ち上がるのを待った。パスワードはわかっている。私の誕生日だ。もちろん私のパソコンのパスワードは霧の誕生日。あの頃はこんな子供じみた真似さえ嬉しくてたまらなかったのだ。
0605。パソコンが開いて、私は息を呑んだ。デスクトップの壁紙は万博の大屋根リングから見たパビリオンの夜景だった。あの日、二人で見た光景がモニターにきらきらと輝いている。
――手を伸ばしたら触れられそう。
――ああ、今ならなんでも届きそうだ。
そう言って、私たちは揃って手を伸ばした。届かないことを知って。
霧はずっとこの夜景を見ていたのか。私は指を伸ばし、赤青白の三色に光るフランス館に触れた。
そう、今なら触れられる。
霧もきっとこうやって触れたに違いない。このパソコンを立ち上げるたびに、あの乾いた長い指で触れてみただろう。
デスクトップにはフォルダーがぽつんと一つあるだけだ。早速開いて見た。フォルダー名は単に「記録」で、中は「記録1」から「記録7」まであった。
