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霧の遺した「記録1」を泣きながら読んだ。
はじめて会った日、霧は私のことを「途方に暮れている」と感じた。心地よかった、とも。それだけで嬉しくて、哀しくて、でも、報われたような気さえする。
懐かしい。私は何度も読み返した。出会ったばかりの霧は自分のことを「僕」と言っていた。私たちはふたりともまだ「よそ行き」で、中学生のような混乱の中にいた。
思い返せば、私たちはずっと混乱の中にいたような気がする。私に別れを告げたとき、霧はこう言った。
――俺にはもう無理だ。
あのときの霧の顔が今でも忘れられない。
嵐の中を懸命に飛び続けていた鳥がとうとう力尽きて海に落ちていく、といったふうだった。
灯りを消して布団に入った。霧がふざけて鳴らした「カラコロ」という下駄の音が頭一杯に響いていた。
翌朝、私はまたパートに出かけ、サンドイッチを作った。
帰りに、麻子と霧のために花を買って帰った。麻子の花はピンクのスイートピーとかすみ草。霧の花は白のミニバラ。
「霧さん。野薔薇の花が欲しかったけど、なかったのでミニバラにしました」
半纏に向かって話しかける。まるで忠臣蔵のようだ、と思った。忠臣蔵では羽織と話をするシーンがある、と知ったのは子供の頃だ。
家族でテレビで「忠臣蔵」を観た。私は時代劇にあまり興味はなかったのだが、チャンネル権は父にあったので我慢して観た。
