なかなか捨てられなかった理由――それは、このダウンが…(写真:stock.adobe.com)
時事問題から身のまわりのこと、『婦人公論』本誌記事への感想など、愛読者からのお手紙を紹介する「読者のひろば」。たくさんの記事が掲載される婦人公論のなかでも、人気の高いコーナーの一つです。今回ご紹介するのは東京都の60代の方からのお便り。袖がすり切れ、縫い目から羽毛が出てきても着続けていた黒いダウンコート。なかなか捨てられなかった理由は――。
命を救ってくれたダウン
黒いショート丈のダウンコートを、10年あまり大事に着ていた。袖がすり切れ、縫い目から羽毛が出てきても、補修テープを貼って使い続けた。しかし友人に忠告され、ついに処分することを決意。なかなか捨てられなかった理由――それは、このダウンが命を救ってくれたからである。
8年前のこと。年末で人出の多いなか、私は電車とホームの隙間に落ちてしまった。それも胸の下まで。スリムでゴボウのような体形であった私がそこで止まれたのは、着ていたダウンがストッパーの役割を果たしたから。
周りの人たちが引き上げようとしてくれたが、すっぽりはまってしまい、両腕に力を入れてもなかなか抜け出すことができない。身体を横向きにし、片足を出しながら、ようやく抜け出すことができた時は、涙が出るほど嬉しかった。
「よかったですね!」拍手が起きた後、駅員から怪我の有無を聞かれたが、特に異変は感じられない。普通に歩いて家に帰ると、足と腰に赤く打ち身ができているのを発見したが、病院に行こうかと迷っているうちに消えてしまった。
そんな思い出のある品だったが、自分に合うピッタリのダウンを手に入れることができたので、件のダウンは袋に包んで手を合わせて捨てた。「ありがとう」と。