恩寵高女からでると、ハルは制服のまま初音町の『黒猫』編集部を目指した。大和橋をわたり、懐かしくすら感じる薄暗い階段を駆け上がる。

「もう金輪際化け込みはやりませんから。必要なら女学生の記者を雇ってください!」

 編集部の扉を開けて、百合川の姿を見るなりハルは大きな声でそういった。百合川のほかには、劉と京也しかいなかった。

百合川は、そうか、それはすまなかった、と申し訳なさそうな顔をした。

「あたし、ぜんぜん性に合わないんです。ほんとうのことがいえないのがこんなに苦しいなんて思いませんでした」

 自分でも驚くほど言葉がつぎからつぎへと溢れだしてきて、ハルは女学校の生活から、十年前の事件のこと、それからカフェーダイヤのジョーに会いにいったことまで、気づけばこの間のできごとをすべて百合川に話していた。

いいたいことをすべていい終えてハルが自分の机に向かおうとしたとき、ようやく百合川が口を開いた。

「すまなかったな。今回の取材の記事を書くのか書かないのかも含めてきみにまかせることにする。もちろん、給料は通常通り支払う」 

 あれだけ強引に化け込み取材を迫ったのにあっさりと反省したような態度を見せている百合川に、ハルはまた腹が立ってきた。

「あたし、これでも記者なんです。書くなっていわれても、なにか書きます! 経費も一銭単位でちゃんと請求しますからね!」

 その言葉に百合川は微かな笑みを漏らした。

ハルがひさしぶりに自分の机に座って窓の外に目をやると、初音町のカフェーも年末休みを取るのか、女給たちが割烹着を着て大掃除をしているのが見えた。楽しそうな女たちの様子に、ハルは朝子や紅と過ごした女学校の日々を思いだした。

 ――小姐には秘密だけど、結構楽しくもあったのよねえ。

 原稿用紙を前にさんざん考えた末に、ハルはやっと秀玲と明日子の事件を書くための文体をみつけた。それはルポルタージュではなく、ハルにとってははじめての小説になった。そこには、細かい事実関係を当事者たちにきくことができない以上、ルポルタージュにするのが難しいという事情と、小説でなければこのできごとは描けない、というハルの漠然とした直感があった。

イメージがまとまるとハルは一心不乱に書いた。お昼過ぎに編集部にやってきた玉蘭の外出の誘いも断り、劉が買ってきた水菓子にも手を伸ばすことなく、ひたすら集中して書き続け、西の空がオレンジ色に染まるころにはほとんど書き終えていた。