母の日の贈り物は休戦協定のようなもの

夫と結婚してからは、義母へは毎年贈り物の手配をしていたが、その年からふと思い立って、自分の母へも贈ってみようと思ったのだ。

それは純粋な感謝というよりは、母親という過酷な椅子に座る者同士の休戦協定のようなものだったのかもしれない。あるいは、嫁としての義務を果たすついでに、娘としての体裁も一緒に発送してしまいたかったのかもしれない。

始めは本当に恥ずかしかった。

母からも当然、「急にどうしたの?」「いいよ。気を遣わなくて」などと返事がきたが、「義理の母にも用意するから、そのついでだよ。家に直接送るから」と、勝手にアロマデュフューザーを送りつける段取りをつけた。

届くと「届いたよ、ありがとう」と返事がきた。心の奥が、少しジュワッとした。

それ以来、毎年欠かさず贈り物を送り続けている。
そのたった一つの箱に、本当は直視すべき過去のもつれや、喉に詰まったままの言葉をすべて押し付けて。

中日ドラゴンズの観戦チケット、エプロン、荒木と井端(中日ドラゴンズの選手)のグッズ、マッサージグッズ、巨大なドアラのぬいぐるみなどなど……。

発送手続きをすることで少しだけ親孝行している気持ちになれるし、一瞬だけ何も問題のないまともな親子のフリができるのだ。
「私はちゃんと育ててもらったことを感謝している娘だ。だって今年も母の日のプレゼントを贈ったし」と。

けれど最近、そのLINEのやり取りだけでは済ませられない現実が、私の視界に侵入してくるようになった。