弱っていく母を前にしても壁が立ちはだかる

先日、正月に実家に顔を出した際、洗面所の棚に置かれた数種類の病院の薬袋を見つけたのだ。

え、これはなんの薬? また何かの病気なのだろうか?

母はもう65歳を超えた。時が経ち、彼女の輪郭は以前よりも小さく、もろさが漂っているようにも見え、会うたびに「こんなに小さくて弱そうな人だっけ」と思う。
かつて私を「愛のむち」で打ち据えたあの手は、今や節くれ立ち、カサカサに乾いている。

3年前、母が口腔内の病気で入院したとき、見舞いに行った私はひどく動揺した。ベッドに横たわる母を直視できなかった。
「もしかして死ぬんじゃないか」 その恐怖に襲われた瞬間、私は自分の中に焦燥感が渦巻くのを感じた。

どうしよう。こういう時、なんて声をかけたらいいんだろう。どんな顔をしたらいいんだろう。……わからない。

世の中の「健全な親子」なら、親が弱っていく過程は、これまでの恩を返す時間や、純粋な悲しみの時間になるのだろう。けれど私の場合、弱っていく母を前にしても、これまでのわだかまりが分厚い壁となって立ちはだかる。

こんな時にまで、あなたが心配だ、元気になってほしいということを素直に示すことができない。

(写真:AdobePhotoStock)

「大丈夫? これ、言われた着替え。持ってきたから」
やっとの思いで、それだけを振り絞った。油断すると涙が溢れそうなので、力いっぱい歯を食いしばって、普通の顔を作った。

「だいじょうぶ。ずっとテレビ見てるんだけど、カードがすぐ切れちゃうよ」
そうゆっくり答える母の口はパンパンに腫れており、母とは違う老婆のように思え、ますます怖い。顔をなるべく見ないようにした。

話すのもつらそうだし、1秒1秒がとても重くて、辛くて、すぐに限界が来た。

「じゃあ……お大事にね。なんかあったらまたLINEしてね」
そう言ってそそくさと部屋を出た。
「悪いね。ありがとね……」
母の声が後ろに聞こえた。