心が離れるまでは早かった

そんな思いで家族の反対を押し切り結婚したが、心が離れるまでは早かったという。

「浩二は手紙に男女の性器の絵ばかり描いてくるんです。しかも、リアルに描くからグロいんです。たまに事件について書いてきた時には、被害者の2人が夢に出てきて、友達のように仲良くしているなどと書いていた。『被害者のためにも自分は幸せにならないといけない』と言うなど、考え方におかしいところがありました」

水海睦子
結婚した死刑囚たちはそれぞれ個性的な人物だったので、話は尽きなかった<『実録 死刑囚26人の素顔』より>

山田への嫌悪感が募る中、睦子さんは実母が亡くなる不幸があった。その時に許せないことがあったという。

「母の死を浩二に手紙で伝えたら、返事の1、2枚目は『ご愁傷様です』『元気出してください』みたいな綺麗事を書いていました。でも、3枚目以降は下ネタやテレビの話が書かれていたんです」

怒った睦子さんはついに離婚に踏み切った。山田は死刑確定後、報道で「水海浩二死刑囚」として登場していたのに、途中から「溝上浩二死刑囚」になった。それは睦子さんと離婚後、養子縁組していた養母の女性の姓に改めたためだったのだ。