ガン死した「夫」は最後まで罪と向き合っていた

睦子さんはその事情をこう説明する。

「広志君は裁判で犯行の目的がお金と認定されたのが納得できずに控訴しましたが(※)、死刑は受け入れていました。それが浩二と違います。私は広志君にプロポーズされ、広志君が被害者の人たちの冥福を祈れるように支えてあげたいと思って結婚したんです」

提出前に見せてくれた松井広志(当時の姓は山田)との婚姻届。このあと、無事に役所に受理された<『実録 死刑囚26人の素顔』より>

睦子さんは結婚を承諾する際、松井に「死ぬ時は自分ではなく、被害者に手を合わせて欲しい」と伝えたそうだが、松井はこの約束を守って逝ったという。

「広志君は死期が迫る中、ガンが肝臓などに転移していたので、痛かったり、苦しかったりしたと思います。でも、『痛い』とか『辛い』とかという言葉は一切口にしませんでした。『自分より被害者の人たちのほうが辛かったんだから、俺は辛いなんて言える立場じゃない』と言っていました。最後まで罪と向き合っていたと思います」

睦子さん自身、松井が存命の頃は収容先の名古屋拘置所まで首都圏の自宅から新幹線で面会に通ったり、松井の代わりに被害者の墓にお参りに行ったりしていたという。そして松井の死後、遺骨は名古屋の教会で納骨堂に埋葬してもらいつつ、一部は分骨してもらって家に置いているそうだ。ここまでの献身的な支えがあったからこそ、松井は被害者の人たちに思いをはせることができたのではないかと思う。