タブレット そうですね。昭和歌謡には、戦前の歌や軍歌もありますが、あまり語られていないように感じます。

五木 本当は、昭和は悲しい時代だったと思う。僕は昭和7年に生まれて、すぐ朝鮮半島に渡り、物心ついた頃に耳にしたのが、朝鮮半島の物悲しい旋律の民謡と軍歌。

戦前、戦時中、戦後、バブル……と、大変な時代を日本人は歌によって自分をなぐさめ、癒やして、力をもらって生き抜いてきた。そのことに思いを馳せると、昭和歌謡の本質が見えてくるんじゃないか。

タブレット その通りですね。先生のご著書のなかで、「歌があったから生き延びてこられた」と書いていらっしゃるのが、心に強く残っています。

五木 戦争は、それまであったものを根こそぎ壊すものです。特に国学一辺倒の教育者だった僕の父は敗戦で、茫然自失、朝から飲んで酔っ払うようになってしまった。そんなとき、長男の僕は、自分が家族を支えるんだ……と思ってしまった。

タブレット 先生がおいくつの頃ですか?

五木 旧制中学の1年だったから、13歳くらいかな。生きていくために、大人たちに交じって日雇い労働やソ連軍将校の家の下働きをしていました。夜には、家を失い難民となった日本人のやけくその酒盛りに、タバコをくわえて参加していたんですよ。

タブレット タバコですか。