退院後、娘の愛が母にも伝わって

結局、母は20日間の入院となった。コロナ下で面会もできず寝たきりだったのがこたえたのか、退院時は、私の顔もすぐにはわからない状態になっていた。

手の爪や口ひげも伸び、やせた母を見て、あんなわずかな力で骨が折れ、これほど大ごとになるなんて、と高齢者の骨折の恐ろしさを思い知らされた。

退院して帰宅し、いつものベッドに移った母はほっとしたようで、私が「何食べたい?」と聞くと、「ラーメン」。食欲があり、好きだったDVDの鑑賞もできた。

ただ骨折は完全治癒とはいえず、後遺症で足が上がらなくなっていたため、特におむつ替えの時には一苦労。訪問看護師に教えてもらった、腰を浮かせずにするおむつ替えに悪戦苦闘しながら、私は自分が折ってしまった右の大腿骨のあたりを見つめた。

アルコール依存症の父と寝たきりの姑の世話をしながら、何不自由なく私を育ててくれた母。当時、家がスーパーから遠い坂の上にあったので、母の日課は、ママチャリを30分も漕いで買い物をすること。私が育ったのは、この太股のおかげであった。