三味線のお家から太夫の道へ移るのは難しいことのように思われますが。
――はい、そうですね。有吉佐和子さんの『一の糸』という小説のモデルは僕の大伯母なんです。鶴澤清六をモデルとした露沢徳兵衛の弾く一の糸のドーンという響きに魅了されて彼のもとに押しかけて行く、茜という娘の話ですね。
で、その妹が僕の祖母で、道八の奥さん。僕の母は、歌舞伎手帖にも載っていた鶴澤旅館という、歌舞伎関係者が多く泊まった旅館を大阪で経営していて。父は料理人でしたので、割烹鶴澤という料理旅館を一階で営んでいて、両親は文楽とは関係のない生活を送っていました。
そこで、祖父の道八は初孫の僕を三味線弾きではなく太夫にしたいと思うわけです。というのは、祖父は16歳の時に「太夫になりたい」と師匠の清六や父親の(鶴澤)清糸にも伝えたらしいんですが、駄目と言われて。
そんな経緯があったんで、僕の生涯の師となる咲太夫師匠が僕に声を掛けてくださった。小唄のお師匠さんを通じて、道八さんの孫なら、ということで8歳で入門し、咲甫(さきほ)太夫になりました。
10歳で初舞台。演目は『傾城阿波鳴門』の巡礼歌の段。師匠が母のお弓を、僕が巡礼おつるを語りました。