当時、咲甫太夫だった織太夫さんが文楽への入座試験に合格するのが、17歳の時。
―― 一般からの国立劇場養成所の研修生は、研修期間が終わればそのまま文楽協会に入れますけど、われわれ家の子弟や子どもの頃から修行している子どもは研究生と呼ばれていて、協会と契約するために入座試験があるんです。
私は同期がいないので一人で受けました。ずらーっと幹部が居並ぶ前で『仮名手本忠臣蔵』の「殿中刃傷の段」を語ったら、途中で満場一致で「はい、合格」になったと思います。
でも僕は、高校時代にほとんど文楽の公演に行ってないんです。入座したら自分の時間がなくなって旅行もできなくなるからと、休みという休みには祖母と母が「世界を見とけ」と外国に送り出してくれた。
僕は美術が好きなんで、パリのルーヴル美術館やロンドンの大英博物館に行かせてもらったりしましたね。
