(構成:山田道子 撮影:本社 奥西義和)
映像になることの意味
<『曽根崎心中』は、近松門左衛門が1703年、大阪・露天神社の森で実際に起きた心中を題材に人形浄瑠璃として書き下ろした。初演時、大変な評判を博したが、江戸幕府が禁止したこともあり、長らく上演されなかった。近松生誕300年の1953年、宇野信夫さん脚色・演出で、鴈治郎さんの祖父・二世世鴈治郎さんが徳兵衛を、父・藤十郎さん(当時、二代目中村扇雀。のちに三代目中村鴈治郎)がお初をつとめ復活公演し、大当たりした。祖父と父が大切に育ててきた演目が映画となり、多くの人に見られることになる>
一番初めに思うのは、映像化というのはすごく大きな意味があるということです。例えば今、X(旧ツイッター)などのSNSで「鴈治郎」と検索しても「三代目鴈治郎」すなわち父(藤十郎)は出てこない。出てくるのは祖父の二代目鴈治郎。なぜかというと、祖父は、市川崑、小津安二郎、黒澤明監督らの映画にたくさん出演したからです。父の映像はほとんど残っていないので、検索しても出てこない。お初を1400回以上演じた父と私の『曽根崎心中』を残せるという意味で、シネマ歌舞伎という形での映像化は大きな意味があるのです。
『曽根崎心中』は、うち(成駒家)の“専売特許”のようになってしまっています。うちでなくても誰でもできる芝居として残るものをという思いで私が監修して作ったのが、3月に南座で上演している『曽根崎心中物語』です。音羽屋の尾上右近君と私の長男、中村壱太郎とがお初と徳兵衛を役替わりでつとめます。アップテンポにして義太夫から全部作り変えました。ところが、それができることによって、祖父と父が作り上げた『曽根崎心中』が、人々の中で消えてしまう可能性があると不安になったのです。その時に、このシネマ歌舞伎の話が来ました。これだと映像だから残る。50年後も残っているかもしれません。何より父の映像を残すことができるのがシネマ歌舞伎。映画を皆さんに見てもらえたら、初めての親孝行になるかもしれません。