京都は「守り」に適していない場所
しかも京都は、防御という点では極めて脆弱な場所です。
周囲を山に囲まれているとはいえ、平野部が広く開け、守りにくい。
歴史的にも京都攻防戦は、攻める側に利があります。
そんなところに「逃げ込めば安全」という発想は生まれません。
この点は後世の動きも裏づけています。
豊臣秀吉は京都に恒常的な防御拠点を築くことを断念し、京都にほど近い伏見に城を置きました。
また江戸時代においても、江戸幕府が京都で用いた二条城は、いわゆる籠城戦を前提とした「城」というより、政治的・軍事的な屋敷に近い性格のものです。
京都という都市そのものが、防御に適した構造ではないことを示しています。

