敗北しても兵力は維持していた
すなわち、信長は撤退の過程で主力軍を保持しつつ京都へ入り、その周囲にはなお相当数――仮に2万前後――の兵力が存在していたとみるべきです。
司馬遼太郎先生の『国盗り物語』がいうような、朽木越え(朽木谷の領主である朽木元綱は信長の襲撃も考えたが、松永久秀の仲介で中止した、というもの)のストーリーはあくまでもフィクションでしょう。
こう考えると、「敗走して命からがら京都へ逃げ帰った」というイメージは修正を要します。
むしろ信長は、敗北ののちも軍事的実体を維持したまま、次の局面に備えて京都という政治空間に戻った、と理解するほうが史実に近いのではないでしょうか。
敗退という事実だけに引きずられてしまうと、当時の軍事行動の現実を見誤ります。
重要なのは、「どれだけ兵力を保ったまま次に移行できたか」という点なのです。
本郷和人先生が同行!<歴史の舞台をたどる旅>
本サイトにて大河ドラマ解説記事を連載中の東京大学史料編纂所・本郷和人先生。その本郷先生と、日本史の舞台を巡るツアー、26年度も開催が決定いたしました!
これまで徳川編、武田編、紫式部編(2回)と実施し、いずれも好評を博した同ツアー。
開催が決定済みなのは、先生のご専門で、ご監修中のマンガ『逃げ上手の若君』の舞台<鎌倉>。
そして26年度の大河ドラマ『豊臣兄弟!』の舞台として注目を集める<中部>の2か所となります。

日本史を変えたあの史跡を目の前にしながら、先生の解説を直接聞くことができる貴重な機会。
自由度と満足度の高い旅になること間違いなし!
バスでの移動になるため、実施にあたっては恐縮ながら人数の制限もございますので、お早めにお申し込みください。
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