敗北しても兵力は維持していた

すなわち、信長は撤退の過程で主力軍を保持しつつ京都へ入り、その周囲にはなお相当数――仮に2万前後――の兵力が存在していたとみるべきです。

司馬遼太郎先生の『国盗り物語』がいうような、朽木越え(朽木谷の領主である朽木元綱は信長の襲撃も考えたが、松永久秀の仲介で中止した、というもの)のストーリーはあくまでもフィクションでしょう。

こう考えると、「敗走して命からがら京都へ逃げ帰った」というイメージは修正を要します。

むしろ信長は、敗北ののちも軍事的実体を維持したまま、次の局面に備えて京都という政治空間に戻った、と理解するほうが史実に近いのではないでしょうか。

敗退という事実だけに引きずられてしまうと、当時の軍事行動の現実を見誤ります。

重要なのは、「どれだけ兵力を保ったまま次に移行できたか」という点なのです。

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