校閲の勘

校閲部の新入部員には、校閲未経験者も多くいます。私は自分が考える「校閲の勘」を、どのように分かりやすく新入部員に伝えるか、いつも考えます。

私が校閲の勘を説明する際によく使うのは「記憶にフックがかかる感覚」という表現です。これはメディアアーティストの落合陽一氏の著書『忘れる読書』から拝借しました。落合氏はこの著書の中で、クリエイティブであるための知的技術は「自分の中に残った知識や考えをざっくりと頭に入れ『フックがかかった状態』にしておくことです。何となくリンクが付いている状態で頭の片隅に残しておけば、いずれ頭の中を『検索すれば』わかるからです」と述べています。

(写真提供:Photo AC)

このような考え方は、そのまま校閲業務にも応用できると私は考えています。原稿に出てくる言葉を見て「これは怪しいぞ」と引っかかったら、すぐに調べるという流れです。

新入部員に対して先日、気を付けなければならない言葉の一つとして「市区町村」を例示しました。都道府県の中には村が存在しない県があります。例えば長崎県です。原稿で「長崎県下全ての市町村で協働運営」などという記述があれば、指摘しなければなりません。ここで大事なのは、村のない県を一つ一つ暗記するのではなく、「村のない県がある」という知識をざっくりと頭に入れておき、「市区町村」という言葉を見たら、瞬時にその県に村があるのかを調べる、という流れを自分の中でつくっておくことです。校閲記者として、ある言葉を見たら危険と思う感覚、つまり「フックがかかる」感覚です。

このような「校閲の勘」を習得するには、長い年月が必要かもしれません。私も新人のころは先輩校閲記者からたくさんの知識を授けてもらいました。新入部員をサポートするのは先輩部員の責務。後輩の成長と飛躍を切に願っています。