しがみつきの名人

ただし問題もあります。強い波がいつも打ち寄せるから、その大きな力で、へたをすると岩から引き剥がされてしまいます。そうなったら岸に打ち上げられたり、沖へと流され、これは死を意味します。だから大きな力で長時間、岩にしがみついていられるもの以外、こんな場所には住めません。ムラサキイガイのかたわらで、やはりびっしりと岩についているものたちは、フジツボ、タマキビガイ、ヒザラガイなど。皆しがみつきの名人ですが、そのやり方はさまざまです。

フジツボは殻を接着剤でしっかりと岩に貼り付けます。殻を持っているので貝かと思ってしまいますが、じつはエビやカニの仲間です。殻は富士山の形でてっぺんに穴の開いた小形の壺という風情で……富士壺とはうまい命名だと思っていたのですが、どうも籐で編んだ壺に似ているから籐壺というのが語源のようですね。殻の直径は数ミリから数センチ。ムラサキイガイ同様、プランクトンを濾し摂って食べています。

『すごい生きもの春夏秋冬』(著:本川達雄/中央公論新社)

二枚貝の仲間では、カキがやはりセメントで殻を岩に固定します。

タマキビガイは巻貝の仲間で強力な足を持っており、これで岩にしがみつきます。サザエやアワビもやはり岩にしがみつく巻貝の仲間で立派な足があります。あの食べるぶ厚い部分が足。われわれは足と言えば歩くためのものと思っていますが、海の動物にとっては、流されずにしがみつくのも足の重要な役目です。ヒザラガイはちょっと違った貝の仲間ですが、これも立派な足で岩にしがみつきます。

これらの貝が接着剤やセメントを使わないのは、動き回る必要があるからです。ヒザラガイもタマキビガイも岩に生えている藻類を囓り取って食べており、食事のたびに出歩かねばなりません。それに対してフジツボもカキも、波が運んできてくれるものを食べているから動く必要がないのです。

ムラサキイガイの岩へのくっつき方は、これらとはまったく違います。この貝は蝶番を上、腹側を下にして、殻を岩に垂直に立ててくっついています。腹側に足があります。これは細い円柱形で、ミミズのように伸び縮みします。殻がちょっと開けば足は殻の外に伸び出ていけます。