ムラサキイガイはすごい!
キャッチ筋は非常に大きな力を出すことができます。そして特筆すべきは、そんな大きな力で長時間収縮し続けていても疲れません。疲れないのは、ほとんどエネルギーを使わないからです。
貝には足糸牽引筋の他に、もう一つキャッチ筋があります。殻を閉じる閉殻筋です。これも疲れを知らずに大きな力を長時間出し続けられます。それがよくわかるのが、貝がヒトデに襲われた時。ヒトデは貝の上にまたがって、先が吸盤になった何百本もの足を両側の殻にくっつけ、むりやり引っ張って殻をこじ開けようとします。貝の方はキャッチ筋を使って必死で殻を閉じ続けます。そうやって何時間も我慢していれば、そのうち潮が引いて水から出てしまいます。そうなったらヒトデはたまりませんから、あきらめて深い方に戻っていくしかありません。
結局どれだけ我慢して殻を閉じていられるかが勝負なのですが、殻を閉じているのですから、新鮮な海水が入ってこられず、呼吸できません。呼吸によってエネルギーのもとを作り出し、それをどんどん送り込まねば筋肉は働けなくなります。ところがキャッチ筋はエネルギーをほとんど使わないから呼吸がほぼ止まっている状況でも大きな力を出して殻を閉じ続けられるのですね。
キャッチ筋のキャッチとは「掛け金」の意味です。強盗が扉を押し開けて入ってこようとするのを、戸を必死で押さえていれば疲れますね。でも戸にガチャンと掛け金をかけてしまえば手を離しても戸はロックされて開かなくなり、もう安全だし疲れません。キャッチ筋はこういう掛け金のような機構を備えた特別な筋肉です。これを使ってムラサキイガイは干潮の間は殻を閉じておけるし、また、いつも岩の適切な位置に体を固定しておけるのです。ムラサキイガイはすごい!
♪キャッチ筋
波ニモマケズ ヒトデニモマケナイ
大キナ力ヲダシツヅケ
一日ニ少シノエネルギーダケデ
足糸ヲヒツパリ 殻ヲトヂツヅケル
サウイフモノガ キャッチ筋
※本稿は、『すごい生きもの春夏秋冬』(中央公論新社)の一部を再編集したものです。
『すごい生きもの春夏秋冬』(著:本川達雄/中央公論新社)
生き残り戦略は千差万別!
『ゾウの時間 ネズミの時間』著者の、誰かに話したくなる生物学エッセイ。




