キャッチ筋

さてここからが、ムラサキイガイがどうやって岩にくっついているかです。ムラサキイガイは足糸という糸を岩に貼り付けて体を固定しています。足糸は足の付け根近くにある分泌腺から、液体の形で分泌されます。足には分泌腺から足先まで溝が走っており、分泌された液はこの溝の中をジワーッと足先まで流れていきます。分泌液は海水に触れると固まって、足の長さの糸ができます。糸の先端は小さな吸盤のような形になっており、ここで岩にくっつきますが、くっつくのには接着剤を使います。

ムラサキイガイは1本の足糸を張り終わると、すぐに次の足糸を張ります。1本だけでは体が不安定ですし、波の力に抵抗しきれません。2日かけて約100本の糸を放射状に張り巡らします。

(写真はイメージ。写真提供:Photo AC)

さて、糸の先端は岩に貼り付いているのですが、その反対側の端も殻に貼り付いているかというと、そうではありません。貝は糸の端を束ねて握って引っ張っています。糸を引っ張る筋肉(足糸牽引筋)をギューッと縮めて、束ねた糸をピンと引っ張って体を岩に固定します。

そうやって岩の同じ位置に何ヶ月もの間、体を固定し続けます。つまりその間じゅう、ずーっと糸を引っ張り続けているんですね。そんなことをやっていたら、ふつうの筋肉なら疲れ果てて働けなくなるし、エネルギーもものすごくたくさん使います。とても効率の良いやり方とは思えませんし、やろうとしてやれることでもありません。そんなことをせずに、握っている糸の端も殻に接着させてしまえば済むことのように思えるのですが、ムラサキイガイはそうはしないんですね。

その理由は、別の場所に移動する必要が、たまには出てくるからです。そんな時には、握っていた糸を手放して体を自由にし、足を使って歩いていき、また新たな場所で糸を張り直します。

移動の必要が起こるのは、季節により海面の高さが変わる時です。ふだんは潮の満ち引きがあっても、平均の海面の高さは変わりません。ところが季節が変わると、それが変化します。場所によっては何メートルも変わる。ですからそのまま動かずにいたら、海面は遙か下になって干上がったり、海面がずっと上になり波の力が弱まってヒトデの攻撃を受けやすくなったりし、どちらも死活問題です。フジツボのように接着剤でべったり殻を貼り付けていたら、移動はできずに万事休す。

だからムラサキイガイは足糸を殻に貼りつけずに、足糸牽引筋を使って糸を握り続けているんですね。こんなことができるのは、足糸牽引筋がキャッチ筋という特別な種類の筋肉だからです。