心を抉られるような美しい痛みの連続
我慢が嫌いで何にも束縛されず楽しく暮らす「お母さん」とやさしい「お父さん」、3人仲良く暮らす日々は永遠のように思われたのに、更紗は9歳ですべてを失った。伯母の家に引き取られ、更紗は仕方なく世間の常識とルールに自分を押し込めて、従兄からの性被害にも口を閉ざす。たったひとり逃げ場のない更紗を救ったのは、いつも公園のベンチにいて女の子たちに「ロリコン」と噂されていた不思議な青年・文(ふみ)だった。が、それは2人以外のあらゆる人からは「幼女誘拐」にしか見えなかった。
幸福な時間と空間の壊れやすさ、別離を経て大人になった更紗と文の名づけようのない関係性を描き、2020年の本屋大賞を受賞した本作。万人に受けとめやすいストーリーとはいえないかもしれないが、37万部まで伸びている。頁を開けば納得だ。ひりひりする緊張感で描写される場面、揺れ動く心情、誰にも理解されないままお互いのなかだけに自分の居場所を見出した2人。心を抉られるような美しい痛みの連続に、読み進めずにはいられなくなる。大人になった更紗が一時恋人から受けたDVはおそろしくリアル。それでいて加害者の内面も想像できるよう丁寧に書かれている。ものごとは一面的ではない。世間から逃げ続けなくてはならなくなった更紗と文が最後にする選択も、ハッピーエンドなのかアンハッピーエンドなのか、わからない。
それでも、9歳以前の自分を取り戻して自由に生きられるようになった更紗と、愛情をこめて名前を呼ばれる自分自身を得た文が、この世のどこかで笑っていると思えるから、頁を閉じた後は極上の気分になる。長くBL(ボーイズラブ)小説を書いてきた作者の筆力は、この上なく繊細で強靭だ。
『流浪の月』
著◎凪良ゆう
東京創元社 1500円
著◎凪良ゆう
東京創元社 1500円