成功することは誰かの反感を買うことと同義
本当はいつかこういう日が来ることを察知していた。だからこそ私はマメに「不幸の偽装工作」をしてきたのだ。
朝一番で牛乳を盛大に床にこぼした画像。死ぬほどブスに写っている顔。友達がいなくて一人でアフタヌーンティーに挑戦して惨めな思いをしたこと。それらのいわゆる「自虐ネタ」をSNSに放流しながら、私の脳内には「しめしめ。これなら私の株は下がる(かつ面白い)。」という下品な計算が走る。
私は日々こうして自分を滑稽に見せ、嫉妬の対象から逸れるように努力している。向けられるかもしれない悪意に先行して「自慢していると思われたくない」と自分を縮めて見せるのだ。
なぜそこまで怯えるのか。
遡れば6年前。あるエッセイのコンテストで優勝したことをきっかけに、創作仲間たちが一斉に私のもとを去った記憶がある。
SNSで「めちゃくちゃ笑った!」と作品が拡散され、大物ライターから「第二のさくらももこなんじゃ……」とまで言われて有頂天だった私は、
「文章下手すぎ。どこが面白いの?」
「インフルエンサーに媚びを売ってる。卑怯。」
「人を傷つける文章。ネットから消えろ。」
という知人たちの言葉に深く傷つき、一度は書くことを辞め、生きる意味まで見失い、6キロ痩せた。
あのとき私は学んだ。成功することは誰かの反感を買うことと同義なのだと。
