登っても登ってもまだ登らなければならない
コメディエッセイストとして、読者を少しでも笑わせたいというサービス精神は嘘じゃない。けれどその裏側には、笑われることで「こいつは自分より下だ」と思わせ、相手の嫉妬心を無害化しようとする、ずる賢い私も常に張り付いている。
「私はそんなに優秀ではないです。脅威じゃないですよ」と相手のふところに滑り込もうとしているのだ。
また、どれだけ企画書がボツになり、アクセス数が振るわず、「もうやめたい」と筆を投げ出したくなったか、そんな泥臭い過程も積極的にこぼしている。
「こんなにさらけ出していますよ」とアピールするため。そして「私は棚からぼた餅でここにいるわけではない。これだけ傷つき、這いずり回って、ようやく少しだけうまくいっている」と免罪符を得るためだ。
嫉妬されないための努力に余念がない。そうでもしないと安心して評価を受け取れない。みじめな自虐、さらけだし、血の滲むような努力の形跡を鎧にして、なんとか嫉妬の矢をかわし続けてきたつもりだ。
しかし実態はどうだ。少しずつ読まれるようになったって、私は相変わらずこんなにも必死に自分の欠損や承認欲求と戦っている。
登っても登ってもまだ上に登らなければならない。一度、他人からの評価や承認という麻薬を打たれてしまったら最後、次はさらに大きな数字を、さらに高い評価を、と思ってしまうのだ。
前回より少しでも数字が下がれば「もうダメだ、私なんて誰からも必要とされてない」と落ち込み、絶望を感じる。どこまで行っても満足できない。この依存症に終わりはない。
こちらはズタボロで這いずりまわっているつもりなのに、周りからは余裕で軽々とこなしているようにでも見えるのかもしれない。そこに成功者の余裕なんて一ミリも存在しないのに。
自虐という盾で顔を隠しながら、体は必死に前へ前へと這いずっている。このねじれた強欲さこそが私という人間の正体なのだ。
