速読と遅読

それに引きかえ、音声の速度は一定の枠がある。いくら早口の人でも1分間に1000字を発することはできない。

音読と黙読は、読みとる意味が大きくちがうということに気づくには、相当の読書経験を要する。速読と遅読ではことばの感じがちがうのである。

『乱読・乱談のセレンディピティ』(著:外山滋比古/扶桑社)

ことばは、ゆっくり読まれると情緒性が高まる一方、速く読まれると、知的な感じがつよくなる。重々しい感じを与えたかったら、ゆっくりゆっくり話せばいい。知的な印象を与えるには、速度が大切で、早口だと、なんとなく知的にきこえる。

ウェットで情緒的であるより、ドライで知的であるのが好まれるのは世界的現象なのであろう。アメリカでは20世紀後半に、早口化がはじまり、テレビ、ラジオのアナウンサーが早口になった。テープのかけ違いで、コマーシャルを早まわしにして流してしまった。それが思いもかけぬ人気になり効果をあげたというエピソードもあった。