文字は音声より生活から離れている

話すことばのテンポが早くなれば読むテンポも速くなって当然だが、黙読が主体だからはっきりとはしない。

速く読もうとすると、わけのわからなくなる文章が多い。黙読を予想して観念的にこみ入ったことを圧縮して表現する文章法があいも変わらずまかり通っていて、速読ではまるで意味がとれない。ゆっくり読んでもわからない文章を速く読めばどうなるかわからぬまま、いけないときめつける。若い人たちが読むのをあきらめるのも無理もない。

(写真提供:Photo AC)

漢字を用いる日本語ではどうしても声があいまいになりがちで意味を伝えることが多くなって、観念的になる。それだけ、生活から遊離しているのである。文字は音声より生活から離れているから、価値があるときめてきたのは古い。

いくら勉強しても、どんなに多く本を読んでも、その割に知能が伸びない、ことばの能力が高まらないのは、読み偏重の教育に、少なくとも一部は原因がある、ということは認めるのが正直であろう。