はじめからベーター読みをさせた
それで、学校の読み方教育は、いちじるしく文学的になって、日本人の知性をゆがめることになった。国語の教育は、文学作品が、アルファーからベーターへの移行に有効であるということも知らず、作り話ばかり教えてきたのである。文学的読み方では、新聞の社説すら読めない。高度の読み、ベーター読みを学校で学ぶことはできないが、学校自体、そのことをよく考えない。
ずっと昔の人はこの点で賢かった。
アルファー読みから入ったのでは、いつまでたってもベーター読みができない、ということを察知していたのかどうかはわからないが、アルファー読みから始めるのを避けて、はじめからベーター読みをさせた。5、6歳の幼い子に、
巧言令色(こうげんれいしょく) 鮮仁(すくなしじん)
などという漢文を読ませたのである。ベーター読みである。泳ぎのできない子どもをいきなり海へほうり出すようなもので、乱暴きわまりないと今の人は思うだろうが、かつてのベーター読みの出来る人の比率は現代をはるかに上回っていたと思われる。ヨーロッパではラテン語によって、ベーター読みを教えた。東西、軌を一にするところがおもしろい。