社会の“空気”が命運を左右する
明治時代に入ると、桜の運命にも大きな転機が訪れます。西洋化の波が押し寄せ、「武士っぽいもの」は古くさく、時代遅れの象徴として切り捨てられていきました。江戸時代に愛された桜の品種の多くが「封建的だ」とされ、あろうことかバッサリと伐採されてしまったのです。かつて「武士の魂」とまで言われた桜が、薪にされてしまうなんて、皮肉にもほどがあります。
そんな逆風の中で、唯一生き残り、むしろ勢力を拡大していったのがソメイヨシノです。ソメイヨシノは江戸後期の1800年頃にはすでに存在していましたが、本格的に注目されるようになったのは明治以降のこと。特に軍国主義が高まる中で、「一斉に咲いて、一斉に散る」というその性質が評価され、日本陸軍の象徴として全国に植えられていきました。
実際、陸軍のシンボルマークにも桜が用いられ、「大和男子と生まれなば、散兵線の花と散れ」という軍歌も残されています。桜の儚さが、命をかけることの美しさと重ね合わされていたのです。
そして戦争が終わると、かつて軍の象徴だったソメイヨシノもまた、時代の逆風にさらされることになります。戦後の混乱期には、まず食糧増産が最優先され、桜の木が次々と切り倒されていきました。加えて興味深いのは、流行歌の中からも桜が消えてしまったという点です。戦後にヒットした曲を調査したところ、桜をモチーフにした歌はほとんどなかったという話もあります。
桜は一時的に、「思い出したくない過去」を象徴するものとして、社会の中でそっと封印されていきました。