兄・秀吉を支える一門衆に

それまで秀長は信長の直臣でした。

ドラマなどではよく、信長に仕えた当初から「豊臣兄弟」がずっと一緒に行動しているように描かれていますが、兄弟で別行動をすることもありました。

ところが、秀長が羽柴の苗字を名乗ってからは別々の行動は見られなくなるとされます。

秀長は兄・秀吉を支える一門衆になったのです。

信長の直臣から秀吉の一門衆(秀吉の代行者としての役割)へ。

天正3年(1575)は、その年の5月に有名な長篠の合戦が起こった年ですが、同年は秀長にとって大きな転機となったのでした。