今を生きるものとしてのパートナーシップ
することがないから咲くといふやうな暇な桜に会ひたり東京
「暇な桜」という言葉が印象的です。そんな風に桜を見てしまうのは、過去への、あるいは誰かへの投影かもしれません。今が暇でなくなったからこそ、暇という意味が見えてくる。そんな歌かと存じます。
ハンガーの肩の下がつたワイシャツの夫の形へ「ただいま」と言ふ
そしてわたくしが好きなのはこのように夫を歌った歌です。「ハンガーの肩の下がつた」というのは、いわゆるなで肩、猫背を言うのでしょう。そのように疲れた形になった夫へ、「ただいま」という。このあたりにお嬢様方の親世代とは違う、お嬢様世代の夫婦の自然な形を感じるでしょう。そしてそこに流れているのは思慕の相手というより、どこか戦友に対するような信頼の目線。同じく社会に揉まれ、現代を生きるものとしてのパートナーシップを感じます。
夫よけふも壊れずに仕事してゐるか ゲラを広げてしばし思ヘり
この歌はその白眉とも言えるでしょう。「壊れずに仕事してゐるか」には、ふとした瞬間に仕事で壊れる可能性もある、夫の厳しい労働環境を思う主体が見えます。そしてその心配をしながら、主体は夫を「丈夫に」「元気に」などではなく、労働力として「壊れる/壊れない」の物差しで見ていることにも注目すべきです。お互いを労働力を担う一人として思いながら、そのシビアさも十分理解している。
さあ、お粥は食べ終えましたか? ではわたくしめはスポーツドリンクを買って参ります。さあさあ、冷えピタ貼って、澤村さまの歌集でもお読みくださいまし。生活に疲れているお嬢様には、どんな飲み物より心に染みるはずですよ。
今回ご紹介した歌人
澤村斉美(さわむら・まさみ)
1979年岐阜県生まれ。19歳の時「京大短歌会」で短歌を作りはじめ、その後「塔短歌会」入会。2006年角川短歌賞受賞。歌集に『夏鴉』(現代短歌新人賞・現代歌人集会賞受賞)、『galley』『竜の眠つてゐた跡』がある。
