仕事、家事、恋、子育てと、日常を駆け抜けていらっしゃるお嬢様方、おかえりなさいませ。今夜も、執事がとっておきの短歌をご用意いたしました。お疲れの心にひとさじの癒やしになりますよう、どうかごゆっくりお召し上がりください。さて、本日はどんなお嬢様からのお呼びでございましょう……

働く・働かないのグラデーション

就職を「した」と「しない」と「できない」でさびしきわれら薄く鎧へり  澤村斉美
 
おはようございますお嬢様。あら、顔が赤くて息が苦しそう、さらには咳までも! これはまごうことなき風邪では? いえいえ、お熱を測らせてくださいませ。むむ、39.2度! これは会社にお休みをいただかなければ! さあ、ベッドへゴー! そして今すぐ会社に連絡をするのです、風邪で休みますと。


む……どうされたのですか、ワイシャツに着替え始めて……今日は欠勤に決まっておりましょう。そんな状態で働くなど……なになに、派遣社員で今日分のお給料が出ないと今月が厳しい? いえいえ、健康には代えられないことでございます、どうぞ、どうぞ……こうなったら力ずくで止めますぞ! おいっ! おいっ! スーツに着替えるな! お体大事になさいませ! ほら、目から涙が……だから休んでくださいとお伝えしているではありませんか。

なになに? 私が固定給の正社員になれていたら、もっと柔軟に考えられたかもしれない、時給制で働くのはもういや! 自分が嫌い! ですと? で・す・か・ら! そんなネガティブ思考になってしまうのも風邪の症状の一つ。はい、スマホ。欠勤の電話をしたら、すぐお粥をご用意いたしますから。


……落ち着いたようでございますね。さあ、今日はお休み! 風邪を癒して、ついでにいつもの疲れも取っておきましょう。うむ、なぜ私は派遣社員で働いているのだろう、とおっしゃる。確か当時相当やりたい趣味があって、それに時間を割けるよう、この勤務形態にしたのでは? うむ、ですがその趣味との縁ももう遠のき、今は侘しさしか残らないと。転職しては? そんな簡単なものではない? むむむ、現実は厳しゅうございますな。
そんなお嬢様にこのお歌のお振舞いです。


就職を「した」。これはわかりやすい。しかし「しない」と「できない」の差を、どう申せばいいのでしょうね。「しない」で流動的な勤務形態を選ぶこと、「できない」から流動的な勤務形態を選ぶこと。この差は大きくあるようで、根っこは同じなのかもしれません。人生は厳しい。そうありながら、さびしきわれら薄く鎧へり、という言葉には、“われら”とあるように、ある集団を見る目が垣間見えます。「さびしきわれ」だけでなく「さびしきわれら」というところに、同世代間や同じ境遇の人を遠く愛しみながらいたわる心が見えてくるようです。自分の寂しさだけでなく、「われら」の寂しさを背負ったこの歌は、寂しいながらに温かみがあります。