危うげだけど、 "確かな個"
早坂類さまのこの第一歌集『風の吹く日にベランダにいる』はまさにピュアさと奔放さを併せ持ったまれな第一歌集です。「同時代の女性歌集」という河出書房新社から出版されたシリーズは、著者の顔写真を使ったものがいくつかみられますが、そのなか、凜とした眼差しの作者の写真も印象的です。ここに書かれているピュアで奔放な作品群の主体は、シティーガールでも、大人しい文学少女ではありません。あとがきにもありますが上京し、あてもない生活を送りながら、刹那的に生きる女性の姿が描かれます。
さりげなくさしだされているレストランのグラスが変に美しい朝
朝帰りでしょうか。レストランのいつものグラス。この、いつものものが感情によって特別輝いてみえる、ということは、多くの人が体験していそうですが、ポイントは「さりげなく」「さしだされている」のS音の寂しい響き。そして「変に美しい朝」の「変」というなまな言葉使いです。「変」であることはポジティブでもネガティブでもありません。あれ、私どうかしちゃったかな、そんな感情の細やかさを感じることができます。
ポケットに手をいれながらふわふわと誰のものでもないわたくしとなる
この根なし草のような感情が、難しい比喩や技巧を凝らさずに、呼吸のように書かれていることに注目するべきでしょう。「誰のものでもないわたくしとなる」も不思議にフラットな表現です。誰かのものになる、あるいは一人で立つ、のどちらをプラスともしないのは「誰のものでもない」という言い回しでしょう。ここに、危うげながらも確かな個そのものが見えます。
