気づけば承認欲求モンスターに

沖縄へ行った時もそうだ。
「何をしよう?」と考えて真っ先に浮かんだのは「何を撮れば、沖縄を満喫しているように見えるか」だ。

カラフルな魚と戯れるダイビングなら、めちゃくちゃ映える! そう確信し、苦手な船酔いにも耐え、スマホを防水ケースに押し込み、一番それっぽい瞬間にシャッターを切った。

写真はとても沖縄っぽくて最高だった。けれど、海から上がった私の心に残ったのは、ただただ膨大な徒労感だった。こんな遠くに来て、大金払って疲れ果てて、何やってんの? それに、魚もそんなに好きじゃない。

じゃあ、本当は沖縄で何がしたかったのか?

そう自問自答してもよくわからない。水族館も首里城も行ったしシーサーも作った。海はもう眺めるだけでいいかなあ。
そもそも、なんで沖縄に来たかったの? 飛行機代が高いことを気にしてケチケチするよりも、隣の県とかでのんびり豪遊していた方がリフレッシュできたんじゃないの? ああもう、私は一体何がしたいの?

私の内側にあるはずの、他人の目というフィルターを通さない純粋な欲求が、もう見当たらなくなっている。

前はもっと、自分のやりたいことや食べたいものがわかっていた気がする。

こんな風になってしまったのは、インターネットで世界とつながり、SNSでいろんな人を見て、自分のことも人に見せるようになってからだ。

キラキラしたあの人が羨ましい。私もああなりたい。あれが欲しい。認められたい。気づけば巨大で滑稽な承認欲求モンスターになってしまっていた。