感情さえ評価してもらうための商品に

他者の承認を求める病は、私の仕事である「書くこと」にまで深く根を張っている。

日常生活で誰かに失礼なことを言われたり、理不尽な目に遭ったりと、心底ムカつく出来事が起きた時。普通なら、怒りに震えたり、悲しんで落ち込んだりするところで、私の意識はパカっと2つに割れる。もう一人の私が現れる。

「よし。これはネタになる」「いいぞ。こんな言葉で表せばきっとウケる!」

もう純粋に怒ったり悲しんだりすることさえできない。感情さえも、大袈裟にして書いて、誰かに見せて、評価してもらうための商品にしようとしてしまうのだ。

私は本当はどんなふうに怒り、悲しんでいたのか、書く前のことはもう思い出せない。

何もかも他人に評価されるために物事を選択してきすぎたことで、自分が本当は何をしたいのか、どんな感情を感じているのかわからないことさえある。

人に見せないとしたら、写真を撮らないとしたら、私の「好き」ってどんな形だった?

自分の内側にある「好き」という静かな声は、外側の「これを好きと言ったらどう思われるか」という騒がしい声にかき消されてしまう。