人の運命って皮肉
でも、ほんとに人の運命って皮肉だと思わない? 僕みたいに芸能界に憧れて、少しでも上を目指そうとがんばってきた人間が4年経っても「三平の弟子」なのに、不本意ながら弟子にさせられたパー子は、弟子入りした次の瞬間からマスコミに取り上げられた。昭和43年の暮れに入って、翌年の頭には、なーんとテレビの冠番組を持ったって、信じられる?
『パー子のエプロン寄席』(テレビ朝日系)っていう演芸番組で、その司会進行役。それだけじゃないの。テレビのレギュラーがある、と同時にドカドカと営業が入ってくるというのは今でも芸人の目標でステータスだけど、それよ。
『パー子のエプロン寄席』は、エプロンをつけてただ言われた通りにやっていただけだから1クールで終わったんだけど、途中でパー子は「もうやめる。やめたい」と何度もおかみさんに訴えていたんだって。でも、嫌がれば嫌がるほど仕事が入るからどうにもならない。
営業だってすごいのよ。当時の一流旅館、料亭。赤坂、浅草、築地、麻布、神楽坂。いろんな一流どころから依頼があるの。もぅ、驚かない? とはいえ落語はできない。なのにどこに行っても座布団が置いてあるんだって。「できません」と毎回言わなくちゃならなくて、それがすごくイヤだったって。
