「玉の輿」の語源となった「お玉」
日本史上の嫉妬を語るなら、大奥は外せない。(大奥や、吉原遊郭などの女同士のドロドロエピソードは大好物だ!)
巨大な権力と資源を持つたった一人の将軍さまの子を産むという目的のために、日本中から選び抜かれた数百人の「いい女」が一か所に召集され隔離される。
そこでの愛憎劇は、単なる情念のぶつかり合いではない。一族の命運と、自分の地位をかけた、人生がかかった必死の生存戦略だ。ライバルを蹴落とす行為も日常茶飯事だったはず。おお、怖い。
何百人といても、将軍さまはたった一人。ほとんどの女がお手付きにすらなれず、大奥の中で一生を終えていく。地元にいれば、誰もが振り返るほどの器量よしとして、望まれるまま幸せな結婚をし、穏やかに暮らせたはずの女たちだ。
そんな優れた容姿や教養を持った者たちが一箇所に閉じ込められた結果、誰の目にも留まらないまま、ただ他者への羨望と嫉妬だけで人生のエネルギーをすり減らしていくことになる。
「玉の輿」の語源となった「お玉」(三代将軍・徳川家光の側室。のちの桂昌院)は、もともとは八百屋の娘だったとされている。(諸説あり)
低い身分から入ったお玉は、名門の公家や武家出身の他の側室や侍女たちからその生まれを徹底的に蔑まれた。立ち居振る舞いや言葉遣い、教養のなさといった細かな落ち度を容赦なく突かれ、陰口や執拗ないびりの対象になったそうだ。
身分の高い周囲の女たちにとって、本来なら自分の足元にも及ばないはずの階級の娘が同じ場所にいること自体が、許しがたい理不尽であり、嫉妬の対象だっただろう。
しかし、そのお玉が将軍の寵愛を受け、のちの5代将軍となる綱吉を出産する。すると、周囲の嫉妬は単なる嫌がらせから、命の危険を伴うような陰謀へと変わっていった。
大奥という、将軍の子を産むことが唯一の勝利である閉鎖空間で、最も身分の低い女がその頂点に立ったわけだ。周囲の女たちが抱いた敗北感と憎悪は凄まじいものだろう。
