『君たちはどう生きるか』における「母」というヒロイン

『君たちはどう生きるか』の主人公・眞人は、異界――いわゆる「イメージの世界」に、青サギという鳥によって誘い込まれる。その時の誘い文句は、「お母さんを探してみないか?」。現実の世界とイメージの世界で、眞人は3人の「母」と出会う。

ひとりめは、現実で眞人の継母となる夏子 。ふたりめは、イメージの世界で母代わりとしてごはんを食べさせてくれ、船を漕いでくれるキリコ。そして実は実母でありながら、イメージの世界でともに旅をするヒロインでもある、ヒミだ。3人とも、眞人にとっては「母」のポジションを担ってくれる存在である。

『「夫婦」不在社会』(著:三宅香帆/講談社)

作中、彼女たちの境界は少しずつ曖昧になる。たとえば夏子を助けようとする場面で、眞人は夏子のことを「夏子さん」と呼びながら同時に「母さん」と呼ぶ。あるいは眞人はヒミを「実の母」であると知りながら、初恋の相手のようにも接する。

キリコとのやりとりには、初体験のメタファーが登場する。キリコが眞人に魚のさばき方を教えるシーンでは、「もっと深く」「一気に突く」という発言が登場する。そしてキリコとさばいた魚は、ワラワラたちの栄養になる。――ここにあるのは人間同士がセックスして子どもが産まれる過程そのものだと読み解けるだろう。

ヒミは、眞人にこう語りかける。

「私、きみを産むんだよ! 楽しみじゃない?」

この台詞に象徴されるのは、「この映画のヒロインとは母親である」という告白にほかならない。

考えてみれば、本作に登場するヒロインたちは、他のジブリ映画のヒロイン像と寸分違わず一致する。美しく、家事ができて、そして主人公を異世界に連れ出してくれる。彼女たちは、実は母の表象だったのだ。それを告白したのが、『君たちはどう生きるか』という映画だった。

映画のラストシーン、眞人はポケットをまさぐる。そこにはイメージの世界から持ち帰った石が入っている。しかしその石を捨てたりはしない。眞人はイメージの母、つまりヒロインと決別なんてしない。失われた母を、そのまま連れて、成長する。母への思慕を消さないまま、眞人は生きることに決める。