共通する「不在」とは
1940年代生まれのふたりの作家が今、描いた少女の姿。――これは、「日本のある世代の男性たちにとって最も重要な女性のイメージとは、妻ではなく、母のイメージである」ことを端的に表現する。というのも、今回挙げたふたりの作品に、主人公の妻にあたる女性は登場しない。これは、おそらく彼らにとって「妻」よりも「母」のほうがイメージが強いことを表している。
それは翻って、1940年代生まれの彼らが、「夫」ではなく「息子」としての自意識を持っていることを露呈させる。
また、『君たちはどう生きるか』と『街とその不確かな壁』にはもうひとつの共通点がある。それは、彼らが自分の仕事を誰に託すのか――「父」として、息子を誰に設定するのか、あるいはしないのか、という問題を描いていることだ。
「父」として自分の仕事を誰に継承させるのか。それが彼らにとって問題のひとつであることが2作を見るとよくわかる。
つまり彼らには「息子」であり「父」であるという自意識はあるのに、「夫」であるという自意識はすっぽりと抜け落ちているのだ。
『君たちはどう生きるか』と『街とその不確かな壁』に共通する、気になる「不在」とは、「夫」という自意識である。
なぜ彼らには「夫」という自意識がないのだろう?
※本稿は、『「夫婦」不在社会』(講談社)の一部を再編集したものです。
『「夫婦」不在社会』(著:三宅香帆/講談社)
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