絶対的な「愛情」の比喩
補足しておくと、アイは基本的に愛情の経験が乏しいキャラクターだ。そのため愛情=母性愛と結びつけられるのはアイというキャラクターに限定されることであり、それを時代性に拡張するのは安易すぎる、と批判することは可能である。
しかし、それでもやはり現代においてこの作品が広く強く受容されている理由を、私は考えざるを得ない。『【推しの子】』において、「恋」や「結婚」よりもずっと強く、素朴に、「母の愛」は「本物の愛」として信仰されている。
ちなみに、アイが男性アイドルだったら同じような物語が成り立っていただろうか? こう考えると、やはり「母性愛」信仰というものの存在に思い至ってしまう。
このように現代ではおそらく、母から子に向けられた愛は絶対視され信仰されている(それは結婚や恋愛が信仰されなくなった時代に、ほとんど唯一信仰し得る愛情なのかもしれない)。しかし、だからこそむしろ子を愛さない母は、今最も人々に「痛みを与える存在」として立ちはだかる。
それは『汝、星のごとく』がベストセラーとして広く読まれている理由にも繋がる。『汝、星のごとく』はただのラブストーリーではない。母という、最も自分を愛してくれるはずの存在に愛されなかったふたりが、お互いを愛し合う物語だからこそ、現代の読者の心を打つのだ。
村上春樹も宮崎駿(「崎」は正しくは「たつさき」)も赤坂アカも井上雄彦も「母」を描く。
それは、現代の私たちが求めている、絶対的な「愛情」の比喩そのものなのである。
※本稿は、『「夫婦」不在社会』(講談社)の一部を再編集したものです。
『「夫婦」不在社会』(著:三宅香帆/講談社)
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