文芸評論家で、2025年の『第76回NHK紅白歌合戦』ではゲスト審査員も務めた三宅香帆さんは、昭和から令和にかけてヒットした小説やドラマ、映画から「ディスコミュニケーションにあえぐ『夫婦』の姿」が見えてきたといいます。そこで今回は三宅さんの著書『「夫婦」不在社会』より一部を抜粋し、現代日本の物語が浮き彫りにする「夫婦」の不在という問題に切り込みます。
『【推しの子】』と母性愛の比喩
考えてみれば、日本には「父の日」も「母の日」も存在するのに、「夫の日」「妻の日」は存在しない(もちろんパートナーのいない人がいるからだ、と私も考えたのだが、それを言うならシングルマザー、ファザーの人もいるのだよな、と思うのである)。これは子どもを持つと両親は「夫婦」ではなく「父母」になる、という自意識が強くなるからだろう。しかしそれはある意味、家族という共同体において「夫婦」というヨコの関係に自分を位置づける意識よりも、「親子」というタテの関係に自分を位置づける意識のほうが強い、という解釈も可能であろう。
だとすれば、このような問いに転換することができる。
日本ではなぜ、夫婦の絆よりも、親子の絆のほうが強いのだろう?
――この問いについて、社会学的な観点から答えた研究がすでに存在する。