日本の物語に、もっと、夫婦がいてほしい
というのも私は2024年に『娘が母を殺すには?』という書籍を刊行した。母と娘はなぜ拗れてしまうのか、という問題について文芸批評の観点から読み解いたのだが、やはり母娘問題が複雑になる大きな理由のひとつとして「父が不在になり、母娘が密着し、その結果娘が母を担い切れなくなる」という事態が生じてしまうことがよくわかった。
そして、刊行後、様々な人と喋って感じたのは、「おそらく息子と母の間でも同じようなことが起こるだろう」ということだ――つまり親が夫婦間のケアをできる関係にないがために、娘/息子が母のケアをすることになる。その結果娘/息子が母との関係に苦しむのではないか。
私は日本の「父不在」の物語を見るにつけ、この風景を予感して胸が痛くなる。
もちろんそれはフィクションの話であって、現実とは異なるものだとわかってはいるのだが。それでもやはり思うのだ。「日本の物語に、もっと、夫婦がいてほしい」と。それは子どもたちのために。愛情を求める子どもが親を気遣うのではなく、親は親同士で気遣い合うほうがいいのではないか、ということだ。
文芸は現実の欲望をうつすものだが、同時に、文芸は現実の欲望に影響を与えるものだから。
