日本の文芸における重要な比喩

私は「なぜ今物語において、父は語られづらいのか?」という問いを立てた。しかしそれはもしかすると、「日本の物語において、夫婦の物語とはどのように語られ得るのか?」という問いに転換したほうがいいのかもしれない。

夫婦の物語。私はそれを、探してみたい。

なぜ今の日本のフィクションにおいて、父は不在になりやすいのか?

そして、フィクションにおいて夫婦という関係とは何なのか?

そこにはおそらく、日本の文芸における重要な比喩が、きっと潜んでいるはずなのだ。

なぜ現代日本の物語から「夫」という自意識が消え、父が不在になり、親子の絆ばかりが過剰に描かれるのだろう?

※本稿は、『「夫婦」不在社会』(講談社)の一部を再編集したものです。

【関連記事】
『【推しの子】』『THE FIRST SLAM DUNK』『汝、星のごとく』なぜ3つのヒット作から「夫婦」が消えたのか? 三宅香帆が指摘する現代日本の変化
『君たちはどう生きるか』『街とその不確かな壁』大ヒット作に共通する「母」の存在とは…三宅香帆が読み解く<夫婦不在>の時代
三宅香帆「子どもを持つと両親は『夫婦』ではなく『父母』になる」日本ではなぜ、夫婦の絆より親子の絆が強いのか?

「夫婦」不在社会』(著:三宅香帆/講談社)

忙しい現代、「仕事」と「家庭」を両立するにはどうすればいい?

今最も注目の文芸評論家が「物語」を通して「家族の形」に切り込む!

これからのパートナーシップのあり方を見直すための夫婦論。