生きることは、きれいごとではなく行動だ
上坂あゆ美さまは歌集『老人ホームで死ぬほどモテたい』でデビュー。このタイトルに込められた欲望と具体性は、歌集タイトルとしてかなり特異といえましょう。見渡しても歌集タイトルはもっと抽象的なものが主流でございます。
上坂さまは歌集出版後、ご自身の過去のハードなバックグラウンドと、この社会に対する好奇心で、エッセイストとしてもご活躍です。
お好み焼きの大きい方をくれたこと地球ではこれを愛とか言うよ
懸命に生きてる 丁寧じゃないけど払っているよ国民年金
歌集の背景に描かれる親の離婚、豊かとは言い難い経済状況、そんな中、上坂さまの歌は切実かつ即物的です。それは現実が否応なしに迫ってきていたバックグラウンドがそうさせるのでしょう。さっきお伝えした多くの歌集のタイトルが抽象的というのは、社会、経済、政治、日常との距離でもあります。抜き差しならない現実を緩和させ美しく彩る方法としての短歌。その方法は多くの読者に憩いを与えてきました。しかし、上坂さまの方法は別。即物、現実そのものの中に心の豊かさがあることを伝えてきます。
一首目、「お好み焼きの大きい方」が愛というのは、自分よりお腹いっぱいであって欲しいという物理的な幸せを相手に渡す愛でございます。愛というと崇高なものをイメージしがちですが、実際はこうした具体的で日常的なものの積み重ね。ハードな過去を生きたあゆ美さまの目は、抽象に逃げず、現実を見透かします。
二首目、懸命に生きていることが保険料の支払いであることが、胸をつきます。これも「懸命」という言葉につきまとう抽象のベールを剥がし、懸命さとは心のありようのみではなく、義務を果たすこと、責任を果たすことでもあります。そして、保険料の支払いにおいて、丁寧かどうかは関係なく「ゼニ」を払えば成立します。この金銭という欲望と繋がっているものと、それを責任のために払うということ。この歌においてはますます生きることはきれいごとではなく行動だという意思が伝わってきます。
