島田 戦争によるPTSDが知られるようになったのは、ベトナム戦争の影響でした。帰還兵に同じような症状が出たので、80年にアメリカの精神医学会の診断マニュアルができた。
信田 ベトナム戦争については、80年代にアメリカですごくたくさんの映画が作られていますね。『ランボー』や『フルメタル・ジャケット』など。映画を撮ることによって、自国の戦争トラウマと向き合ってきた。
島田 『プラトーン』『7月4日に生まれて』などもそうですね。イラク戦争だと『アメリカン・スナイパー』とか。
信田 日本では黒澤明監督でしょうか。三船敏郎さんが復員兵を演じた『野良犬』や『静かなる決闘』。小津安二郎監督は、直接的には戦争を描かなかったけれど、何気なく戦争の記憶が織り込まれた庶民の暮らしを、淡々と撮り続けた。これもまた、ひとつの日本映画の戦争トラウマの描き方だったのかなと思います。
島田 戦争トラウマの問題で難しいのは、配偶者や子どもを虐待した元兵士たちもまた、戦争の被害者でもあること。そうした二面性の部分を論じられることがありますが、信田さんはどうお考えになりますか。
信田 「加害者も(別の暴力からの)被害者だ」という言説はよく耳にします。でもそれを強調しすぎることには疑問を感じるのです。加害は被害から生じるというのは、ある意味で当たり前のこと。だからといってやったことがプラスマイナスでゼロにはなりません。肝心なのは行為の責任をどのように取るかという部分でしょう。
島田 なるほど。
信田 加害・被害という言葉も粗雑すぎるように思います。抽象化せずに、誰が誰に対して何をしたのかを、いちいち具体的に見ていく必要がある。
島田 私の前作(『生きて、生きて、生きろ。』)は震災後の福島における心の問題を扱った映画でしたが、主人公のひとりが精神科医の蟻塚亮二先生でした。蟻塚先生は沖縄戦による晩発性PTSDも診察していて、私も何度か先生に同伴し沖縄に行きました。
信田 晩発性PTSDに関して言うと、私は程度の差こそあれ、PTSDはすべて晩発性だと思うんですよ。トラウマや強いストレスを受けてから症状が出るまで、あるいは「これは被害だ」と自覚できるまでには、時間がかかる。
性被害や戦争など被害が深刻であればあるほど時間がかかるという事実が、少しでも多くの人たちに共有されればいいと思っているのですが。