徳川慶喜家の第四代当主である叔父・徳川慶朝に託された、歴史ある慶喜家の「墓じまい」と「家じまい」。第五代当主となった山岸美喜さんがXに投稿した「家じまい(絶家)」宣言は、大きな話題となりました。〈アンクル〉と呼び親しんでいた叔父の「家じまい」への思いを受け継ぎ奮闘した8年と、家族や慶喜公について綴った山岸さんの著書『葵の紋を継ぎまして。』より一部を抜粋して紹介します。
「美喜ちゃん、あとはよろしくね」
第四代当主である叔父の慶朝からそう言われた時、覚悟を決めました。当主(祭祀承継者※)というものには、自分で手を挙げたからといってなれるものではありません。また、ひとたび指名を受けてしまえば断れるものでもないのです。とはいえ、話はそう簡単ではありませんでした。
親族の中でも、叔父がなぜ私を次期当主に指名したのか、叔父がなぜ家じまいをしようとしていたのか、理解している人はいなかったからです。
反対の声は多く、私の実父でさえ、「お前なんかが徳川慶喜家を継ぐのはおかしい!」と言い、味方になってくれる人は、ほとんどいないところから始まりました。
父には徳川の血が入っていませんが、永きにわたり徳川家をサポートしてきたので、その分、徳川慶喜家への思い入れが強かったのだと思います。
「今は慶朝から言われて、家を閉じようとしているんだろうけど、その判断は間違っている。歴史っていうのは、何世代も後になってから価値が見出されるものなんだ。だから続けるためにも、兄に譲るべき」
という手紙を受け取りました。また、
「美喜ちゃんが継ぐよりは、美喜ちゃんの御主人が継いだほうがいいのではないか」と言う人もいましたが、主人は徳川家のことなどなにひとつ分からないので、主人は当然私がやるべきと思っていました。
さらには「自分が継ぐべき」と言ってくる人がいたり、「祭祀承継権と遺産はこちらに渡されるべき」と手紙が送られてきたこともありました。
※祭祀承継者:祖先の祭祀(法要など)を主宰し、お墓や仏壇などの祭祀財産を継承する者のこと。祭祀承継者については民法でも定められている。一方、「当主」は法律で定められるものではないため、実質的には祭祀承継者=当主と見ることもできる。
《徳川慶喜家の家系図》(図を拡大)(画像提供:『葵の紋を継ぎまして。』/KADOKAWA)