そんな中で叔父の遺志を継いで、私が「家じまい」を進めるには、まず叔父が残してくれていた《手書きの遺言状》が法的拘束力を持つように、裁判所に申請する必要がありました。

それまでの私は、こうした問題とは無縁の生活をしてきた専業主婦でしたが、弁護士の先生と相談しながら、ひとつひとつの問題に向き合っていくことになりました。自分に顧問弁護士がつくなんて、想像すらしていませんでしたが、こうして長い長い8年が始まりました。

とにかく次期当主が誰かというのは置いておいて、亡くなった叔父の葬儀や納骨を進めなければなりません。

一家の主が亡くなれば、大抵その人の妻か子どもが喪主となると思いますが、独身の叔父のことだったので、それまで全ての面倒を見てきた私が、そのまま段取りを進めていました。

祖父母の葬儀は、参列者も千人を超える大きな葬儀でしたが、その喪主を務めた叔父は規模の大きな葬儀がどれだけ大変かを理解していたので、自身の葬儀については、身内だけの小さな葬儀を望んでいました。

ですので、まずは叔父が亡くなった病院に地元の葬儀会社を紹介していただき、お葬式については、地元の神社の宮司様にお願いすることにいたしました。

しかし、「美喜が喪主なんておかしい」と父を含めた親族から言われたので、「喪主」という言葉は使わせてもらえず、表向きは「葬儀責任者」という扱いになりました。段取りから支払いに至るまでを全て担ったにも関わらず、親族からの理解が得られなかったのは、なかなかに辛いことでした。

徳川という家は、やはり男性社会。「兄に全てを渡すべき」と言われたり「私の夫に任せるべき」と言われたりしましたが、 誰も「叔父の意向を尊重する」といういたって当然のことを守ろうとせず、いたたまれない気持ちを抱えていました。

 

葵の紋を継ぎまして。』(山岸美喜:著/KADOKAWA)