準備が肝心なのは、芸人も弁護士も同じ
ちょうどその頃、妻がアメリカの大企業への就職を決め、2歳の子どもを連れて渡米。僕はお笑いを続けるために日本に残ったものの、「頑張っても結果が出ないことを、家族と離れてまでやる意味はあるだろうか?」と考えるように。
妻とも話し合い、「今年ダメだったら芸人としての活動をきっぱりやめて、アメリカで家族と暮らす」と決めました。
ちなみに「こたけ正義感」という、ピン芸人としての名前の理由は、本名の「小竹」だとちょっと堅いこと、それから「正義感」の語呂がいいこと、そしてもうひとつあって……。
あくまで「芸人」として活動したかったので、文化人としての依頼が来なそうな名前を、あえてつけました(笑)。自分なりの背水の陣です。
すると腹をくくった途端に、お笑いの仕事がうまくいきはじめた。22年のABCお笑いグランプリでは準優勝、翌年のR-1グランプリでは敗者復活で決勝に進めました。テレビの仕事が増え、ユーチューブの再生回数も上がり、これまでが嘘のように忙しくなっていきました。
先ほどお話しした「弁論」の反響は、自分のお笑いの集大成というか、これまでの活動が実を結んだようで嬉しかったですね。
「こうなりたい」と願っていた生活ができている今は、まさに夢がかない始めた状況。その後妻と子も帰国して、僕がお笑い芸人として活動しているのをすごく喜んでくれています。